- 人気の高いUFC総合格闘技ファイター
- ニックネームは「Quick」
- 4人の対戦相手をそれぞれ1分以内に倒す
- 2010 WSOP Event #42で10位入賞
マイク・スウィックはフルティルトポーカーでオンラインポーカーをプレーします。

驚異的な12勝2敗の戦歴を誇るウェルター級のアルティメットファイターであるマイク「Quick」スウィックがフルティルトポーカーのフレンドになりたいと話したとき、もちろん誰もノーと言いませんでした?
その証拠に、マイクをフレンドとして迎えることをみんなが誇りに思っています。彼はキャリアを脅かすような状況にも負けずトップを目指すひたむきな選手であるだけでなく、若いアスリートの模範であり、人道的な活動に惜しみ無く情熱を注いでいる人物です。
テキサス州ヒューストン出身のマイクは、映画「The Karate Kid」(ベストキッド)を見て人生が変わりました。彼が家具に空手チョップをしたとき、母親は彼をテコンドーの学校に通わせることに決めました。それは彼がわずか8歳のときでした。
大人になったマイクは、他の映画からインスピレーションを受けて新しい武道を試すようになりました。「キックボクサー」を見たマイクはタイで修行したいと思うようになりましたが、まだ高校生だったため、ジムでこれまで以上に練習をすることにしました。マイクは18歳までに、キックボクシング、タイ式ボクシング、および総合格闘技に熟達していました。彼は1年間アマチュアボードで試合を行った後にプロデビューを果たし、優勝しました。
しかし、マイクのキャリアは始まってすぐに遠回りをすることになります。彼の母親がモスクワの米国大使館の警備員として働く仕事を見つけたのです。テキサスから一歩も出たことのなかったマイクは、別の文化を体験できるこのチャンスに飛びつきました。ロシアにいる間、彼は大使館に駐留していた海兵隊員達とトレーニングをして体を鍛えました。
ロシアにいる時、マイクは不整脈を患っていることに気がつきました。医者は、死にたくなければ薬物治療が必要だとマイクに告げました。しかし、薬による治療を行えば副作用でプロとして試合をすることが不可能になるということでした。
その知らせに衝撃を受けたマイクは、ティーンエージャーの頃からの夢であったタイに行ってトレーニングをすることにしました。この問題から逃げることができないことを知っていたマイクは、小さなミスがこれまで以上のダメージまたは死につながることも知りながら、国に戻り手術を受けます。しかし、それらのどれも彼には関係ありませんでした。彼はただ試合をする機会が欲しかったのです。
手術は成功し、マイクはタイに戻って戦える体調になりました。タイにいる間、彼はそこで目撃した貧困に圧倒され、それ以来、第三世界の国々の子供たちの健康状態を改善することを手伝うために、UNICEFの仕事を推進するようになります。
2002年、マイクはついにプロとしての試合に戻りました。彼のニックネームである「Quick」は、アルティメットファイティングのチャンピオンシップでの彼の最初の2試合が、それぞれ30秒以内にノックアウトで終了したことに由来しています。
試合の次に彼の人生の多くを占めているのはポーカーです。プロのポーカーをテレビで初めて見たとき、彼はビッグゲームでプレーするというインスピレーションを受けました。年間を通じて、彼はリングゲームやさまざまなトーナメントでプレーして成功を続けており、最初に参加した2007年World Series of Pokerの$2,000 No Limit Hold’emイベントで入賞し賞金を獲得しました。2008年、彼はオンラインポーカープレーヤーの上位4%にランクインしました。
彼は2010 WSOPの $1,500 No Limit Hold’emで2,521人中10位になる素晴らしい成績を残し、$34,000以上を獲得しました。
マイクは、ファイティング界と同じようにポーカー界でも成功を続けるつもりです。今後のトーナメントで彼に注目してください。
今後フルティルトポーカーでマイクを見かけたら、ぜひ話しかけて一緒にプレーしてください。ただし、彼はオクタゴンの中で対戦相手と戦うぐらい、テーブルで激しくプレーしているので用心してください。




